« はじめに | トップページ | ふたつの出会い »

ふたつの出会い

●ジェフ編

ジェフとの出会いは丁度10年前の今頃の事でした。

当時10歳だった自分は、父の転勤で住み慣れた山口を離れることに。

そこがジェフ市原のホームタウン、市原市だったというベタな(?)お話です。

週末になるとあっちこっち連れていかれた記憶があるのですが

それは父が家族へ対して申し訳なさをもっていたからだと今になってひしひしと感じています。

そのうちの一つがジェフだったというわけです。

それから2年間市原市に住むことになったのですが、その間数え切れないほど

臨海へ連れて行って(行かれてか?)もらいました。

当時のジェフは残留争いの常連で、観客動員は万年最下位。

スタジアムはJリーグで最もひどいと酷評されるような環境だったのですが、幼い私には関係ありません。

プロのプレーに大勢のサポーター、鮮やかな芝とカクテル光線。

これらの魅力に惹かれた多感な私にとって、チームの成績など意味のないものでした。

ただただジェフのサッカーに惹かれていくばかりです。

この10年間で私とジェフを引き離せなくする3つの出来事があったんですね。

99年・・・残留劇 05年・・・ナビスコ優勝 08年・・・ジェフの奇跡的な残留

99年は最後の2節が博多の森と万博だったので観戦はできませんでしたが

ホーム最終戦の敗戦で降格を覚悟したことを今でも覚えています。

05年の時は山口に住んでいたのですが、父と国立へ駆けつけました。

閑古鳥が鳴いていた臨海を何度も見ていた私には、にわかには信じられないジェフサポーターの数でしたね(笑)

あれが初タイトルで一番の記憶です。

そして08年。この試合は「義務」だと思って観にいきました。

ジェフの降格を見届けるつもりで行ったということです。

試合を終えて湧いてきたものは「恥ずかしい」という感情。

キックオフ前から半ば試合を諦める自分。それは自分の生き方そのものだったような気がします。

この残留劇で、自分は一生ジェフから離れられないと思いましたね。

ジェフからは決してあきらめないというメッセージを貰いました。

私のジェフに対しての愛は、自分が息絶えるまでの一生もんです。

|

« はじめに | トップページ | ふたつの出会い »

ジェフ千葉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1169679/29079812

この記事へのトラックバック一覧です: ふたつの出会い:

« はじめに | トップページ | ふたつの出会い »